寳秀寺についてabout

ご挨拶Greeting

寳秀寺は神奈川県横浜市神奈川区にある、四季折々の季節感に溢れる自然に包まれたお寺です。

人々が豊かな心を持ち、平穏な日々を過ごすことが出来るように、また現代社会で暮らす人々の心の悩みやストレスを少しでも癒すことのできるようなお寺でありたいと考え、地域の皆様にとって身近で、いつでも訪ねてきていただけるような開かれた寺づくりをめざしております。

法要や先祖供養などの仏事はもちろんのこと、人生における様々なお悩みのご相談・お問合せを承っております。
仏事でお悩みを抱えている方はどうぞお気軽にご相談ください。

住職森 泰彦

名称 浄土宗 久應山 寳秀寺
創建 天正4年 西暦1577年

寳秀寺の縁起Auspicious

寳秀寺は、杉山神社の別当寺だった寶秀庵を、秀蓮社清譽上人達道和尚(文禄4年1596年寂)が天正年間(1573-1592)に寳秀寺と改めて開山したといいます。

新編武蔵風土記稿による寳秀寺の縁起

(六角橋村)寳秀寺
村の西より神大寺村界にあり、浄土宗同郡神奈川町慶運寺末、久應山攝取院と號す、開山清譽と云、文禄四年四月八日寂す、本尊三尊彌陀木の立像にして長三尺なるを安す、惠心僧都の作と云傳ふ、本堂は東向六間に六間半なり。(新編武蔵風土記稿より)

神奈川区史による寳秀寺の縁起

久応山摂取院寳秀寺(浄土宗) 六角橋五丁目一〇番地の二七

沿革
開山は秀蓮社清誉上人達道和尚という。
天正年間、清誉上人達道和尚が来住して、浄土宗の一宇として寳秀寺となしたという。
然し屢々無住であったこともあって什宝、古文書類、過去帳にいたるまで散逸して沿革も明らかにすることが山来ぬ。(神奈川区史より)

「横浜市史稿」による寳秀寺の縁起

寳秀寺

位置
寳秀寺は、久應山攝取院と號し、神奈川區六角橋町字寺下八百二十一番地に在る。境内は一段二畝步。神奈川町慶運寺末で、寺格は能分十等である。

沿革
開山は秀蓮社淸譽上人達道和尙である。寺傳に據れば、元は寶秀庵と稱し、杉山明神の別當所であつたのを、天正年間に至り、達道と云ふ僧が來往して、庵を革めて淨土宗の一宇となしたと云ふ、其後幾多の變遷を重ね、屢〻無住であつた事もあつたので、什寶・舊記・靈簿に至る迄殆ど皆散逸し、沿革等も不明となつた。今の本堂は第十一世事阿聽眞和尙の代、享保九年五月の再建である。

本尊
本尊は阿彌陀如來坐像、長一尺五寸、傳に惠心作で。脇士觀音・勢至の立像は、各〻 長一尺である。

堂宇
今の堂宇は、本堂桁行五間半、梁間六間、茅葺、四注造、向拜附。・庫裡桁行四間半、梁間九間半、茅葺。・廊下桁行四間、梁間九間、亞沿葺。門桁行九尺、梁間九尺、亞沿葺。等である。(「横浜市史稿」より)

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